JR溝ノ口駅南口から徒歩8分ほど。
久本薬医門公園から住宅街の脇道へと入り進んでいくと、久本神社裏の急傾斜地が見えてくる。
斜面には防護壁が施され、ところどころトンネルのような形にタイルが象れている。
これが久本横穴墓群(川崎市高津区久本1丁目14付近)だ。
横穴墓は7基確認されている。
防護壁で覆われる前の姿を描いたと思われるレリーフがある。
階段から斜面の上のほうに行けるようだが、木が茂っており行けなかった。
下から確認できたのは6基なので、おそらく上にもう1基あるのではないかと思われる。
目次
久本横穴墓群が造られた時代
具体的な年代は明らかにされていないようだが、古墳時代後期と推定される。
北部九州から伝わった横穴墓が関東地方で造られるのは6世紀後半以降であるため、この横穴墓群も例に漏れないだろう。
主な出土物
川崎市高津区久本横穴墓群発掘調査報告書(全国遺跡総覧)によれば、横穴墓からは須恵器、鉄製の直刀、鏃、刀子、石・土製の玉類、金銅製の耳環などが出土している。
主な特徴
3号横穴墓から出土した直刀のうち、1本に喰出鍔部分と柄頭には銀象嵌(細い溝に銀を嵌め込み模様を象った装飾)が施されていた。
この装飾は非常に細やかで大変な技術を要する。
川崎市内には多くの横穴墓があり、鉄製大刀の出土例はあるが、銀象嵌大刀については、この他に溝口西耕地横穴墓群と久地西前田横穴墓群の2例しかない。
それだけ限られた者しか副葬されることがない、権威の象徴であったのだろう。
また、6号横穴墓の奥壁に線刻画、7号横穴墓からは造付石棺が検出されている。
久本横穴墓群
参考資料
2024年6月18日閲覧。